生活をしていくということ

一応土日休みの会社に勤めているのだが、営業職なのでクライアント次第で週末も仕事をすることがほとんどだ。

そんな時には、代休で平日に休みを取ってもいいことになっている。しかし、なかなかこれも取りづらい。

仮に休みを取ったとしても、会社用の携帯にはメールや電話がおかまいなしにかかってくるので、あまり休めた気がしない。

 

それでもこの仕事を選んだのは、自分次第で頑張れば稼げると思ったから。

実際はそんなに世の中思ったようには行かないということや、同じ業界でも別の場所ではもっと稼げるということに気づいたのは、入社してしばらく経ってからであるが、なにはともあれ、

 

私は稼ぎたい。

 

そう思うようになったのは、私がレズビアンとして生きて行くことを決めてからである。

今の世の中、夫婦であっても、嫁が働くのは珍しいことではない。

しかし、周りのノンケの友達と話していると、皆が皆というわけではないかもしれないが、いつかは旦那に養ってもらうんだという考えが奥底に流れているのをなんとなく感じる。

中学の時からの友達と仕事の話になった時に、稼ぎたいんだということを話すと、キョトンとした顔を向けられ、気持ちの温度差を感じたこともあった。

私も自分が女性を好きな自分を知る前、そしてレズビアンとして生きて行くことを決める前は、稼ぐということに無頓着だった。

若かった私は、お金にならない自分の夢を追い続け、本当に好きだと思うことを仕事にして、その仕事で少しでもお金がもらえたら最高だ、と。

そこには、「生活を支える」という概念がすっぽり抜けていた。

子供の頃、私の周りにいた大人の女の人はみんな専業主婦で、生活のためにバリバリ仕事をする女性がいなかったのもある。

 

大人になった私は今、自分のために、彼女のために、周りの大切な人たちのために、何が起こるか分からない未来のために、稼がなければと思っている。

決して、夢を捨てた人間になったわけではない。夢の形が変わったのだ。

 

今日、東京は台風の影響で大雨だった。

今週の土日も仕事だった私の代休と有給は、一ヶ月まるまる休めるほど貯まっている。

荒れ狂う嵐の雨音に一瞬心が折れそうになったが、稼がなければと思い直し、湿気でいつもよりうねった髪をきつく結んでから、家を飛び出た。